昭和十五年二月

[#3字下げ]昭和十五年二月[#「昭和十五年二月」は大見出し]

[#1字下げ]二月一日(木曜)[#「二月一日(木曜)」は中見出し] 箱根富士屋ホテル。 朝食の時間を逸しては大変と、八時半に起きる。食堂へ、オレンヂ・ジュース、オートミール、スクラムブルエグ、コーヒー。美味い。部屋へ帰って、窓をあけると、もう閉め方が分らない。女中呼んで閉めて貰ふ、ホテル生活は格子なき牢獄であるといふユーモア小説が書ける。又、アンマを一時間やらせ、金魚の湯てのへ入った、バスよりましだ。内田百間の「冥途」を読んでると、コン/\カーンと食事を報せる音が響いた、オルドヴル、ポタジュ、車海老フライ、鶏とヌードル、うまい、たゞこれだけで来てゐるのだからな。二時間ほど昼寝、人魚の湯へ入り、「冥途」を読み上げ、「あさくさの子供」にかゝる。夜食八時近く。ローストビーフうまし。「あさくさの子供」とてもいゝ、大感激。 一日中、しゃべることから脱け切れない生活をしてゐる僕である。それが今日一日中に何言喋ったらうか。のど休めだ、全く。あんまり喋らないと、ひとり言を言ひたくなる気持が分った。

[#1字下げ]二月二日(金曜)[#「二月二日(金曜)」は中見出し] 箱根富士屋ホテル。 寝台に入ると、何うしても眠れない。アダリンを飲む、そして漸っと眠る。これでは保養にならん。八時すぎ起きる。入浴、食堂へ、スクラムブルエグとコンビーフハッシュ。又ベッドに入り、眠った。一時迄。すぐ又食堂へ。マカロニ・メキシカン、プローンのライスカレー。理髪店に行く。剃って、シャンプーして、ついでに前のビューティパーラーでマニキュアをしてみる。やすりでゴシ/\、湯に手を浸けたり、アマ皮をこさい[#「こさい」に傍点]で除って、一円。馬鹿々々しい。窓外は雪になった。谷川徹三の「私は思ふ」にかゝり、八時近く食堂へ、トマトクリームとプラム・プディングうまし。又、ソータン小壜を三分の二ほど飲み、ほろ酔ふ。眼に悪いと思ひつゝ、「私は思ふ」をアゲると「実業人の気持」を読み始め、一時すぎた。 どうもホテル生活はやりきれない、くゝり枕一つを畳の上へ置いて、アゴをのせて腹ん這ふ心地は、あゝ何とよきかな。洋食はうまし。されど、オミヨツケも食ひたし。

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